LOST IN TIME『まだ故郷へは帰れない』


去年まではスリーピースのギターロックバンドだった彼らが、ベース兼ボーカルだった海北 大輔が「歌に集中したい」との意向でベースを置き、音楽性のギターロックからの乖離もより進むことになったのかギタリストが脱退。二人体制になって、新境地のシングル。正直言って、微妙だ。ピアノの弾き語りをメインに、バンドサウンドは控えめになった音では、彼らの売りだったうねりのあるドラマティックな曲展開は抑えられているし、海北 大輔の声も、解き放たれる瞬間を失っているようにきこえた。1曲で、それも試聴したくらいで判断するのは早いのかもしれないが。


今に至るまで、結局のところ下北沢の一介のインディーバンドに過ぎない彼らLOST IN TIMEが、地味ながら全国区の知名度を持つに至ったのは、ギリギリの歌詞と疾走感のあるドラマティックな曲構成のためもあるが、なによりもやはりベース兼ボーカルだった海北 大輔が、うねるメロディラインと演奏に乗せて唄う、そのがなり声だと思う。


歌詞は、安直に言えば思春期的なのだが、物語調のものではなく、一瞬の感傷を生々しく描いたものが多いのが特徴か。

「あのころはよかったなんて 言いたくはなかったのにな」
(『列車』 from 2nd Albun『きのうのこと』)

「ああ 今日は 何もなかった ああ 今日は 何もなかった さあ夜が来る 僕は一人きり
 さあ夜が明ける・・・
 ああ 昨日は いろんなことがあった 昨日は いろんなことがあった 
 思い出はいつでも 僕の左隣で 優しく小さな 日々の 冬の抜け殻
 さあ夜が明ける 君にさよなら」
(『昨日の事』 from 2nd Albun『きのうのこと』)


思春期的な、それもどちらかというと過去に黄金時代を持った者が陥る喪失感か。自己憐憫ではあるのだが、冴えた孤独感が、J-Pop(でもJ-Rapでもいいが)に対して異彩を放っている。そして、そうした自己憐憫を振り払う瞬間を描いてもいる。

「重い頭にしがみついた 憂鬱を振り払えずに昨日ばかりをただ眺めていた 目の前は真っ暗だった
 踏み出す勇気が 何より欲しくてその手を そっと包み込んだ」
(『ヒカリ』(from 2nd Albun『きのうのこと』)


そして、この歌詞を唄う海北 大輔のがなり声。ヴィブラードの効いた声は好みが分かれるところかもしれないが、こういう悲しみが宿る声というのは、一つの才能だと思う。YouTubeに4thシングル『蛍』のPVがあったので、紹介しておく。この声があってこそ、歌詞が胸を打つのだ。


LOST IN TIME『蛍』
ttp://www.youtube.com/watch?v=cCgSn9wOIOU(2006年10月7日追記:リンク切れ)


この歌詞と声が、日本のギターバンドでは他にあまり類を見ないようなドラマティックな展開を見せる曲に乗る。「昨日の事」を聞いたときに連想したのは、静から動へのダイナミズム溢れるロックを奏でる、知る人ぞ知るUKロックバンドLongpigsの『Lost Myself』だった。日本のバンドでLongpigsを連想させるような直球のダイナミズムを鳴らしたのは、僕の知る限り彼らだけだ。率直に言って負けてはいるが、相手が悪い。参考に『Lost Myself』を聴いていただけたらよいのだが、Youtubeには無かった。代わりに同じ時期の曲ということで、ちょっとエキセントリックなナンバーだが『She Said』を紹介しておく。Radioheadフォロワーとか言われてたらしいが、アホかと思う。


Longpigs『She Said』


2ndアルバム『きのうのこと』の時点で、初期の疾走系ギターロックのフォーマットから脱却しようという意図は見えたし、『列車』、『昨日の事』はそうした意味でも名曲だ。だが、その次のシングル『蛍』、そして3rdアルバム『時計』では、ありふれた陳腐な言葉を唄うことを恐れず、あえてそれを強く響かせるオーセンティックな方向に踏み出している感があった。曲調も静かなものが多くなった。リードトラック『羽化』は、ギターアルペジオが美しい佳曲だ。

「静かに流れる 時間に耳を傾けて いつしか僕らは 新たな場所目指す」
(『羽化』 from 3rdアルバム『時計』)


僕などは彼らに日本のLongpigsの夢を勝手に押し付けていたので、この成熟の上にあえてさらなるバンドサウンドを、と期待していたのだが。


まあ、まだ結論を出すには早かろうし、ああした唄い方をする人が、自ら唄う必然を失った歌詞やメロディを唄えるはずも無いのだから、次を待とうと思う。


きのうのこと

きのうのこと

時計

時計

Sun Is Often Out

Sun Is Often Out