テロリストであり、物理学徒にあらず(伊東乾『さよなら、サイレント・ネイビー 地下鉄に乗った同級生』)


オウム真理教による地下鉄サリン事件の実行犯となった豊田亨東京大学で彼と共に学んだ仲である著者が、犯行前後の豊田の分析を通じて、再発防止を再度問いかける内容のノンフィクション。


あまり納得できる内容ではなかった。大量殺人事件の理由を、学問の領域に求めてしまっているためだろう。第六章で推理される、優秀な物理学徒であったはずの豊田がオウムに走った理由。著者は、東京大学の大学・大学院教育が選考業績のフォローとレビュー一辺倒で、学生の創造性をスポイルするものであったことを糾弾する。

下手でも失敗作でもいいから、関連の仕事で豊田のオリジナルのモデルの取り組みを指導してやる体制があったら、俺は確信あるよ、豊田はオウムへは行かなかった。(p.217)


激しく疑問だ。区別すべきものを混同している。公的なオリジナリティ追求・発表の場が無いことがオウム入信を決定付けるファクターになるとは思えないし、たとえそうであっても、質をおざなりにしてまで学生の自己実現願望に奉仕させるのは本末転倒だろう。
ということで、著者の推理は、俺にはパーソナルな、道を誤ってしまった友人への悼みとしてしか受け取れなかった。