CS G+にてツニャカオVSセレス戦


2000年8月20日に行われた、WBC世界フライ級タイトルマッチ。放映されていたので、見る。セレス本人の解説付き。先日まで日本を主戦場として東洋太平洋バンタム級チャンプとして君臨していたフィリピン出身のマルコム・ツニャカオは、当時は日の出の勢い、無敗のWBCフライ級チャンプ。その彼に当時10位のセレス小林が挑戦、という図式。


ツニャカオはまさにエリートボクサー。身体能力だけなら小林より明らかにはるかに上。やわらかい身のこなし、軽いステップ、早いジャブ、そして強いフック。ムラっけとスタミナ難さえなければ、今でも世界のトップでやり続けられたのでは、と思わされる戦力。とくに1Rは、高速ジャブでセレスのガードの隙間をやすやすと突き破る。セレスは戦前にツニャカオを分析した際、トレーナーともども『天才だ』と驚嘆したといい、実戦でも最初はジャブがまったく見えなかったという。
しかしさすがセレスも後に『デビュー戦に負けた日本ジム所属ボクサーで初の世界チャンプ』となっただけはあり、濃密なキャリアを積んでいた成果か、丁寧に体を動かし、目が慣れてきたジャブを外し、ツニャカオの弱点であるボディを狙う。ツニャカオのエルボーブロックで左手を痛めながら、当時敵なしという評価だったらしいツニャカオを大いに苦しめる。ツニャカオが苛立ちからなのかバッティングで2度減点されるなど、中盤はセレスが盛り返す展開。


終盤はすばらしかった。ツニャカオは疲れを見せつつも、天才の一瞬のひらめきなのか、セレスの打ち終わりに強烈なクリーンヒットを打ち込んでくる。とくにセレスの意識を飛ばしかけた右フックがすばらしかった。セレスはそのシーンを、『気づいたらツニャカオが追撃してきていて、やられる、と、必死にクリンチした。ボクシングではじめての怖さだった』と回想していた。そこで一気にもっていかれず、逆に接近してのボディブローで跳ね返すセレスもすばらしい。ひらめきと戦術、才能と根性、天才と凡人の一進一退の攻防。身体能力に劣る日本人の世界戦ではよく語られるイメージだが、これがこれだけの熱戦の形で具現化することもそうないのでは。解説の原田氏など、時折自らの職分を忘れたようにセレスに大声で声援を送っていた。、
最終12R、セレスはバッティングの2点があってもまだ不利と計算したのか、あくまでKOを求めたのか、必死の追い足を見せるが、逆に足を使ってヒットアンドアウェイに切り替えたツニャカオを捉えきれずゴング。誰にも恥じるところのない熱戦を全うしたにもかかわらず、セレスは非常に悔しそうな顔。


結果は1−1のドロー。判定を聞いたときのセレスの崩れ落ちようが実に印象的だった。セレス曰く、『最終Rで捕まえ切れなかったので、負けたか、と思い、判定を聞いて理屈・理由抜きで体の力が抜けた』のだという。判定が後に論議になったが、不服はない、とも。個人的印象では、セレスの根性とボディブローはすばらしかったが、それでも試合を支配していたのはツニャカオの天才性という印象。ただ個人的印象はさておき、この試合は正確な採点ではセレスの2−0判定勝利だったそうで、ジャッジの一人がセレスのラウンドを1ポイント誤ってツニャカオに付けてしまったのだという。そんなことがあるのか。一度下された判定は覆らなかった。


この後、セレスは減量苦から階級を上げ、WBAスーパーフライ級で念願の世界チャンピオンとなり一度防衛するも、当時全勝全KOのアレクサンドル・ムニョス*1の指名挑戦を受けて8RKO負け、そのまま引退し、今ではジム会長。自分のなし得なかった指名挑戦者撃退をなし得る世界チャンピオンを育てるのが夢だという。ツニャカオとはその後親交を交わす機会が増え、なんと、このところ日本を主戦場にしていたツニャカオのセコンドに付くこともあったという。互いに認め合う仲になった、とのことだった。


ツニャカオは次の防衛戦で、現在も同王座の連続防衛記録を更新中、俺がスポンサーである7月18日の試合内藤大助と18度目の防衛戦を闘う予定の名王者ポンサックレックの挑戦を受け、なんと1RKO負け*2。セレス同様に減量苦が伝えられていた彼もまた、階級を徐々に上げる。近年は日本に新天地を求め、日本ジムに所属して2005年末に東洋太平洋バンタム級チャンプとなり二度防衛。現在もWBC世界チャンプの長谷川穂積、当時日本チャンプのサーシャ・バクティン*3と並んで、他階級と比べても突出した日本ジムバンタム級超一流王者三名の一角を担った。こと身体能力では他の二人をしのぐ高評価を得るほどだったようだが、今年1月、皮肉にも同じ日本を主戦場とするフィリピン人ボクサーであるロリー松下に敗れ陥落、現在の状況は不明。イーグルに惜敗したロデル・マヨールとともに、続報が待たれる。


あと何度かリピート放送があるようなので、未見の方にはお勧め。

*1:先日名城信男を判定で下して同王座に返り咲いている。日本人キラーとして有名な彼曰く、日本人ではセレスが最も強かった、とのこと。ただし『倒せない』と思ったのはすべての対戦者でも名城信男だけだ、と現役の元チャンプ名城の強さも称えている。

*2:これは観られるのなら最も観てみたい試合のひとつ。

*3:去年3月の傷害事件でタイトルとライセンスを剥奪され、1年の謹慎期間を経て、現在は復帰戦を来月に控えている。