粟生 日本Fe級タイトル防衛戦


戴冠した梅津戦に続いて、今回の秋葉選手と、手数と体力勝負タイプの日本トップクラスに文句なしの判定勝ち。しかし約束したKO防衛を達成できなかっただけでなく、前回同様に、傍目には不完全燃焼に写る試合でもあった。中間距離を制するものの、仕掛けて被弾するリスクを嫌ってかどうしても待ちのボクシングになってしまい、自然と相手の接近を許す場面も増え、接近戦では打ち合わずにクリンチ。要所でクリーンヒットも奪っているし、試合中も判定結果も危なげはないのだが、明白な盛り上がりを欠いたまま相対的優勢のラウンドを積み重ねる試合展開が単調に思われるのもまた事実。それは中間距離では勝ち目がないと遮二無二持ち込んだ接近戦でもほとんど有効打を奪えない相手側の責任もあるのだが。また気になったことに、接近戦でのもみ合いの際に秋葉は粟生の後頭部を再三手のひらの部分で叩いており、粟生は途中からクリンチからはなれる際に必ず後頭部を守っていた。強打ではないし、粟生のクリンチワークに苛立つのは判るが、よろしくない。


採点はジャッジ全員が2〜4ポイント差と競っていたが、それでもユナニマスで、完勝。それでも試合後の粟生は、今にも泣き出しそうな顔をして、反省の弁を口にしていた。久々に現れた大型ホープの躍進ロードに立ち会おうと、前回に続いて超満員に膨れ上がったらしい後楽園ホール。そこで、同じような魅力的とは言いがたい試合を繰り返した自分への自責。見る側としては、得意な距離を異にする相手との噛みあわせもあるし、無敗のまま日本タイトル防衛、そこまで自分を責めずとも、と思うのだが。日本トップに完勝してなお、満足には程遠い。メキシコのロートルボクサーに苦戦した際も、試合後のリングで人目を憚らず号泣していた。自らに課す理想の高さは類を見ない。やはり同門にあのリナレスがいることの気負いもあるのだろうか。


このままだとあまりにブルーなままに終わるところだったのだが、インタビューの終盤、反省の弁を繰り返していた粟生の表情に生気とオーラが戻った。視線の向きを変えて目礼し、おめでとうございましたと締めたアナウンサーを差し置いてこう言ってくれた。


『榎さんがいまちょっと指をさしてくれたんですけど、もっとレベルを上げて、挑戦できるようにがんばります。お願いします。』


どうやら、ジムメイトである秋葉のセコンドについていた、現東洋Fe級チャンプで、無敗のまま世界挑戦のチャンスを待つ榎洋之が、去り際になにかやってくれたらしい。背を向けて控え室に消えようとしていた榎だったが、思わぬ粟生の『返事』を受けて戻ってきた。傍らの関係者に右手を高く掲げられ、苦笑い。


東洋タイトル挑戦の意思表明と取っていいのか、と言わずもがなの事をあえて聞くアナウンサー、見ているこちらも盛り上がる。そして粟生の返答に驚く。


『もちろん挑戦したいですけど、今のままでは挑戦とか言ってられる状態じゃないと思うんで、もっと力つけて、挑戦できるようにがんばります』


粟生がこの防衛戦の前から日本人最強証明のための目標として榎を名指ししていたことは知っていたが、梅津、秋葉に対しては『勝って当然』と自認していた粟生にして、榎をここまで高く評価したことに驚いた。いよいよ榎が世界に挑む姿が見たくなった。