半可通ボクシングファン更正教材としてのミハレス Vs 川嶋Ⅱ


ミハレス Vs 川嶋Ⅱのビデオを見直したのだが、まず思わされたのは、ミハレスはかなりいいボクサーなのではないか、ということだ。去年の暫定王座決定戦時は、何を見ていたのか、手数しか見ていなかった。バカなことに消してしまっているので、比較できないのが悔やまれる。
変な話だが、ミハレスは、俺のような観戦スキルの微妙なボクシングファンに、新しいボクシングの楽しみ方を色々と気付かせてくれるボクサーのように思える。
また、川嶋もたしかに中盤は押し返していた、それでも8Rの時点でドローは無いだろうが。


本放映時のミハレスの印象は、旺盛な手数は相変わらずだが、力強くなった気がするな、という程度のものだった。実のところ、そんなものは印象論だから当てにならない。Webでの戦前記事のミハレスの眼光鋭い写真(→コレ)がえらく格好良かったので、毒されていただけかもしれない。ただ、解説陣がとかく「軽い」と強調していた*1ミハレスのパンチだが、旺盛な手数の中には、ボディワークと連動した形で体のバネを利かせて打っているパンチも多く含まれており、あれはそれなりに効きそうな気がする。単なる「手打ち」とは違う気がするのだ。実際、川嶋の顔は腫れていた。


さらに、二つの美点が明白に見て取れた。眼と、位置取りだ。


まず眼。あの、常に川嶋の顔を、眼を見つめ続け、ほとんどそらされない眼が、とても印象に残った。本当に、ほとんど視線を切らない。それがディフェンスのよさと結びついているのだろう。
対する川嶋も、さすが一度は世界を獲ったボクサー。ブンブン丸のイメージよりは、相手を見ている。それでも、ミハレスのそれと比べると、格段に差がある。中間距離から接近戦でのウィービングで下を向くシーンも多い。常に見ているミハレスにしたら、「よっしゃ、打つか!」てなとこだろう。まあ、この川嶋の「正面やや下を向いた状態で大きい軌道で左右のロングフックをブチかます」のは、目のフェイントを使ったキラーパンチなのかもしれないが、その手の雑なパンチは世界レベルで通用しないんだよなあ。中沼とか。
両者の眼の差が象徴的に現れたのが、10Rのダウンシーン。あのコンビを受けている途中であのめくら打ち*2をやってしまうところに、川嶋のミハレスとのボクサーとしての完成度の差が凝縮されている気がした。あのめくら打ちは、ミハレスなら絶対にしない。するとしても、ダメージを食わない位置に体を動かして、だろう。


4R残り30秒を切ったあたりの攻防に、ミハレスの眼と技術が凝縮されていた。決して、闇雲に手数を出すだけのボクサーじゃない。ちょっと詳しく書いてみたい。


残り26秒で、ミハレスの右フックと川嶋の左ストレートが相打ち。ロープにもたれるミハレスに、実況興奮。しかしミハレスはすばやく距離を詰めて、川嶋の出鼻を左ショートフックでくじき、川嶋の右の大降りフックを軽くスウェーしただけでよけ、そのまま右でフェイント。川嶋は反応し、左のガードを上げにいく、空いたアゴミハレスは力強いアッパーを1、2、3発と連続で決める。4発目を川嶋がスウェーでよけ、左フックを狙うもミハレスはなんとスウェーでよける。

川嶋も反応しているのだ。それだけでもすごい。改めて見直してしまった。それでもミハレスの方が上なのだ。これこそプロボクシングだ。

それでもようやく反撃のタイミングを掴んだ川嶋は、渾身の右ストレート。これが浅く入って、ミハレスを再度ロープに追い詰めるのだが、「チャンスだ川嶋!チャンス!チャンス!」という実況の絶叫も空しく、川嶋の8発の追撃パンチはことごとくよけられてしまった。以下がその内訳。


左フックをダッキング
アッパーをブロック→
左フックはオープンブローで首→
右ストレートもフック気味のオープンブローで首→
右ストレートをダッキング
左フックをスウェー→
右ストレートをダッキング
左フックをダッキング
クリンチ


3,4発目のコンビは当たっているのだが、オープンブローで、しかも首の付け根のため、有効打とは言いにくい。おまけにミハレスが反応して衝撃を逃がしているので、ダメージにもなっていないと思われる。


そして、解説陣もさんざ指摘していた、位置取りの上手さ。ミハレスは、足と顔の位置取りを常に考えながら動いている。特に、川嶋の左フックの軌道から遠いところに常に顔を置こうとするのには感心した。ああいう地味な動きが、致命的な被弾を防いでいるのか。前回のダウンシーンを見直したい。どういう体勢で受けて、どれだけのダメージをこうむっていたのか。KOされなかった、という結果論だけではなく、「倒されたけどダメージは軽微」だったのではないか。そしてこっちはまさに結果論だが、あのダウンを奪ったことが、川嶋にとっては第二戦まで悪い形で尾を引いてしまった気がする。実況が絶叫していた川嶋の左右のフックのヒット。ヒットなのはたしかなのだが、そのほとんどを、ミハレスは巧みな位置取りでダメージを殺しているように見える。クリーンヒットの数で圧倒できるだけに、致命打さえ食わなければ、たまにビッグパンチを食らってもかまわない。そのたびに5発殴る。そういう闘い方。


改めて、最終ラウンドのダウンシーン。スリップじゃない。むしろ、あまり観たことが無いような、素晴らしいコンビネーションだった。

まず、伏線として、残り2分25秒で、ミハレスの左のショートアッパーがヒット。で、川嶋が耐えて出てくるところを、下がって呼び込む。

そして、残り2分23秒に、ミハレスのコンビネーションで川嶋がダウンする。本放送時には、右フックによるダウンなのは分かったけど、そこに至るコンビネーションが何をしたのかがよく分からず、スローで見たかった部分なのだ。
スローで見ると、これがまた素晴らしかった。4発。
ミハレスは川嶋が左に体を振ったところを、ここでも自分も体を左に傾けて、距離を測る。そこから、これも「ここでも」だが、右でフェイントを入れて、川嶋の左手が顔のガードに行ったところに、左ショートアッパーを顔に入れ、返しの強力な右ロングフックをテンプルにクリーンヒット。返しの左でもう一回左ショートアッパー(これは隠れていて、入ってるか分からない)。川嶋は、先にも書いたように、破れかぶれ(そうにしか見えない)で一発逆転のビックパンチに来る。そこに、今度は軌道を小さくした返しの右ショートフックをカウンターでアゴにジャスト。完璧。しかも、全部コンパクト。等速で見ると、「パンパンパンパン」、という、力を感じさせないコンパクトな連打なのだ。一番軌道の大きい二発目のロングフックも、腕力ではなく胸の筋肉のしなりを使って、かつナックルを返して、早くかつシンプルな軌道で、的確にテンプルを打っている。さらに、最後の右ショートがカウンターなのだから、ダウン経験の無い川嶋を半失神状態に至らしめてもおかしくない。
俺がボクサーなら、試合でこのコンビ決めたら、俺様モードに入ってガッツポーズする。これをスリップと判定するのは、ミハレスに失礼だとすら思う。
こういうジャッジをされて、グローブをあわせにいくミハレスはまったくもってクリーンだが、タッチもそこそこでの怒涛の攻撃開始が彼の心中を物語ってはいまいか。


こう書いてみると、右をフェイントに使った左アッパーが、ミハレスの攻撃の起点になっている。分かっててよけられるものでもないのだろうが・・・。


ことほどさように俺にとっては色々得るものがあった試合なのだが、どうしても気になったのが、実況の酷さ。最近の地上波のボクシングの実況は酷い。常に妙にテンションが高いだけで違和感を覚えるのに、日本人の印象的なパンチがある度にわめきだし、全然実況にならない。個人的にこれはサッカーの「ゴーーーール!!」の悪影響だと思うのだが。今回は、番組自体が「ビバTV東京!!」と言いたくなる意欲的なものだっただけに、なおさら残念だった。


あと、ゲスト解説の八重樫東は川嶋と同じ大橋ジムだが、彼はイーグル京和への挑戦が噂されている。日本での世界タイトル最短奪取記録への挑戦という「動機」先行であろうこの試合で、もっといえば、挑戦を決行するか否かで、大橋ジムは再度様々なものを試されることになるはずだ。

*1:それによって、川嶋のクリーンヒットがたとえ少なくとも、また、明白なダメージブローでなくとも、ポイントが取れる可能性を示唆していた

*2:追記:徳山をKOし、ミハレスからも初戦でダウンを奪った右のオーバーハンドフックは、手元に映像が無いため確認できないが、相手を見ずに打っているものらしい。世界戦で実績のあるパンチということになる。しかし、いずれの敵手にも二度目は無かった(徳山からはラバーマッチの最終Rでダウンは奪った)し、やはりあの状況と立ち位置で打つパンチではない。ミハレスの左傾斜スタイルは、この右を視界に入れるためのものでもあったということか。